思考するガム

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『プリズム』貫井徳郎/紹介と感想 事件という名の万華鏡を覗く

 

プリズム (創元推理文庫)

ある一点で評価はわかれそうですが、個人的には今まで読んできた貫井のベストです。傑作と言っていいでしょう。細かいミステリ的な部分には言及しませんが、物語の構造には触れるので、知識を入れたくない方は記事に目を通さない方がいいでしょう。

 

 

 

 

作品紹介

小学校の女性教師が自宅で死体となって発見された。傍らには彼女の命を奪ったアンティーク時計が。事故の線も考えられたが、状況は殺人を物語っていた。ガラス切りを使って外された窓の鍵、睡眠薬が混入された箱詰めのチョコレート。彼女の同僚が容疑者として浮かび上がり、事件は容易に解決を迎えるかと思われたが……『慟哭』の作者が本格ミステリの極限に挑んだ衝撃の問題作。

 

 

催眠薬入りチョコレート

アントニーバークリーの名作中の名作『毒入りチョコレート事件』を下敷きにした小説です。『毒入りチョコレート事件』は、素人探偵たちが一つの事件に複数の解答を示す多重解決モノの元祖として有名です。バークリーは作中の証拠から、たったひとつの正解に向かう(他にも推理の余地はありそうなのに、それのみが正解として確定してしまう)推理小説への疑念を、愉快な方法で皮肉りました。その形式を模倣して創り上げられたのが『プリズム』です。

教師の殺害事件を複数の視点から描き出し、各章ごとに語り手が犯人を導き出します。元ネタの作品では、素人探偵たちが自分の推理力を誇示するために謎解きをしていましたが、今作では「自分を納得させるため」に謎解きが行なわれている点が大きな違いでしょう。他人を納得させるのではなく、自分を納得させるための推理なので、多少の粗があってもいいところに、『多重解決』の余地がありました。さらに、推理には他者に他する思い込みが強く反映されており、『一面だけを見て他者を理解することは不可能』というテーマと上手く結びついているところがよくできています。

各人物が至る解答は、面白いものもあれば微妙なものもあり、全体としてはやや微妙ですが、この作品の描き出そうとしているのは『意外で面白い解答』ではないという点も重要で、そこを誤解すると評価が下がってしまうかもしれません。

 

作家性と構成(ここから大きなネタバレあり)

貫井作品をすべて読んでいるわけではないですが、この作家は一貫して「わからなさ」をテーマに作品を書いている気がします。今作では犯人が不明のまま終わります。しかし語り手たちは、それぞれ犯人を推理で突き止めた気になっています。上記で書いたように思い込みや偏見の入り込んだ推理により、事件を完結させているのです。人はわかった気になることで、初めて安心を得られる生き物なんですね。
この作品が徹底していると思えるのは、最後の語り手が自分の息子を犯人だと考えて閉じられている点にあります。我が子でさえも「わからない」「わかることができない」ことを描くことで、他者を真の意味で理解することは不可能、他者はわからない、ということを描ききっていて、見事だと思いました。特殊なプロットがテーマと結びついています。読者に真相を明かさないオチは賛否わかれて当然ですが、テーマから言えば必然なんですよね。わかってしまったら、テーマに反してしまうし陳腐になってしまいますから。

 

まとめ

作家性と特異なプロットが見事に結実した傑作だと思います。とはいえ、人を選ぶ尖った構成なのは事実です。それでもファンなら必読でしょう。オススメです!

 

 

プリズム (創元推理文庫)

プリズム (創元推理文庫)

  • 作者:貫井 徳郎
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2003/01/24
  • メディア: 文庫