思考するガム

ミステリ、漫画、時々映画の感想ブログです。自分の好きなものを中心に扱います。

『屍人荘の殺人(映画)』紹介と感想/突っ込みどころの多さに脱力

 

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(※この映画が好きな人は高確率で不快になると思うので読まない方がいいです)

製作陣のメンツと予告編の映像を確認した時点でスルー安定な作品ながら、友人の「観に行かね?」という軽いノリに誘われて劇場に足を運びました。
開幕数分で貧乏ゆすりが止まらなくなり、途中で頭を冷やすため外に出て、なんとか上映二時間を乗り切りました。久しぶりに暗黒時代の邦画を彷彿とさせる作品を目にした気持ちです。最近いい映画を観過ぎたせいもありキツすぎましたね(足を運ぶ直前に観た映画が巨匠スコセッシの傑作『ウルフ・オブ・ウォールストリート』でしたからねぇ、観るの三度目でしたが面白かったです)

原作が好きだから改変ポイントが許せない、とかそういう次元の話ではなく、映画としての造りが下手すぎてまともに観る気すら起きませんでした。普段まったく映画を観ない友人は「まぁこんなものかな」と言っていましたが、キャラクターの改変ポイントには不満だったようです。

面白かったものや変な作品の紹介をするのをこのブログのコンセプトにしているわけですが、まぁたまにはこういう記事もありでしょう。ブログの更新のモチベーションが落ちてきているので、いろいろと変化をつけたかったんです。
ネタバレ全開、ディスりが多いので注意。
あと重要なことなので言っておくと、原作は大好きです。原作のレビューはこちら↓

www.sikougamu.com

 

 

 

 

テレビ屋監督らしさ

監督の手腕を一言で表現するなら「堤幸彦の下位互換」。最低レベルでした。
堤監督自体が映画ファンから嘲笑の的とされているわけですが、僕はそこまで嫌いではありません。テレビシリーズの「ケイゾク」「トリック」は好きでしたよ。映画作品は一つも褒められませんけど。
監督の木村ひさしさんは堤監督のもとで仕事していただけあり、演出やギャグ、キャラクターの立て方が非常に似ています。ただ堤監督より下手でダサく、よりテレビ屋監督らしい浅ましさが際立っていて観るに耐えませんでした。
どこがダメなのか、具体的に指摘していきます。
開幕数秒、大学が大写しになるところから「ダメだこりゃ」となりました。〇〇大学って字幕が出るんですよね。「その情報は必要なのか? わざわざ字幕にしてまで?」と思いました。大学が舞台なのは一目でわかるのになぜ字幕をつけたんでしょうか。これは暗黒時代の邦画でよく見た説明過多に他なりません。あの字幕からは「観客はバカだから説明してあげないとわからないからね」という作り手の上から目線もしくは「説明しないとわかってもらえないかも…」という自信のなさが現れていて、スマートじゃないしダサいなぁ、と早くも帰宅したい気分にさせられました。友人を置いて帰るわけにはいかないので我慢しましたが。

そのあとは大学での退屈なシークエンスが長々と続きます。「ここいる?」のオンパレードです。作り手としては、この部分でキャラクターを立てたかったんだと思うんですが、メインの事件とは一切関係ないので非常にイライラさせられましたね。面白ければまだ救いもあったんですけど。

登場人物に変な言動をさせたり、わけのわからないギャグを言わせたりすることでキャラクターを立たせようとするのは、如何にもテレビ屋監督らしいなぁと思えるところでした。ちゃんとした監督であれば、物語の進行とともにキャラクターを立てていくわけですが、映画版屍人荘の殺人の場合、キャラクターを立てるために付け足された場面すべてが物語の進行と関係ないシーンになっているんですよ。物語が動いていないところでキャラクターを立てようとしているので、話はひたすら停滞。明らかに浮いているギャグシーンも、ちゃんとした映画であれば伏線として機能したりするわけですが、今作ではひたすら浮いているだけの「ギャグのためのギャグシーン」になっていて残念でした。サスペンスの緊張感を削いているので最悪とすら言えます。(しかも滑ってますからねぇ…笑)

 

個人的に一番苛々させられたのはSEの使い方です。ギャグシーン入る前にいちいち「ぽわ〜ん」みたいな音を流すんですけど、これは何なんですか? たぶん「ここギャグシーンですよ」って説明ですよね。これぞテレビ屋監督らしい演出ですね。バラエティ番組だと、笑いどころで笑い声SE流すじゃないですか。あれと同じ手法です。

ゲスト出演していたレスラーの方が「通りすがりの〇〇」と字幕で紹介された時は、本気で腹が立ちました。ガキ使じゃねーんだぞ、と。テレビ屋監督はバラエティ番組の延長線上で映画を造ってんだな、とその志の低さに目の前が暗くなりました。こんな作品に1000円以上払っている自分が許せなくなりましたよ。

 

内面ナレーションでいちいち「可愛い」って言わせるところもドン引きでした。別にその動き、可愛くなくね? と。なんか一昔前の漫画みたいな安易な萌え表現にガッカリさせられました。こういうの好きやろ、という監督のドヤ顔が鼻につきます。(浜辺美波さん自身は可愛いですよ、監督の演技プランは最低でしたけど)

あと一時期のクソ邦画に多かった「とりあえず盛り上げたい場面はスローモーションで!」を、今作では踏襲。ここぞとばかりにスローモーションを多用して精神的ダメージを与えてきます。ポップでライトな方向に舵を切ったはずなのに、ここぞという場面では鈍重になるという本末転倒っぷりが笑えます。いや観てる時は笑えなかったけど。

ゾンビ映画定番の頭部破壊描写も凄いです。心底驚かされました。前代未聞でしょう。普通は考えませんよ、考えたとしてもやりません。なぜならダサいから

これらの演出、ギャグとして笑えるなら救いもあるんですが、まったく笑えないのが問題。劇場ではそこそこ笑い声も聞こえたんですけど、まぁ熱量の低そうな客層だったので、いいんじゃないですか。バラエティ番組観るような感覚で来ていたんでしょう。パッケージングというか売り出し方の時点でそういう客層をタッゲートにしているのは明らかだったので、自分のような映画好きがとやかく言うのはお門違いかもしれません。
しかしそれでも、ギャグが挟まれることでテンポが悪くなっていたのは事実でしょう。そして上で指摘した通り、ギャグがストーリーテリングと噛み合っておらず、浮いています。起きている出来事の重さに対して、登場人物たちがふざけまくりなので、まったく切実さを感じられないのです。切実さがないので「どうでもいいよ、こいつらがどうなろうと知ったことか」と思いながら最後まで観ました。

余談ですが、作中でホラー好きっぽい青年が観ていた映画は多分「ショーンオブザデッド」でしょうね。ゾンビコメディの傑作で、監督のエドガーライトはインタビューで「画面に映っているものには全て意味があるようにしている」と語っていました。
いやぁ、志が高くていいですね。実際ショーンオブザデッドはコメディ要素とストーリーテリングが見事に噛み合っていて、画面作りも素晴らしかったです。どこぞの監督はエドガーライトの爪の垢を煎じて飲むべきではないでしょうか。

 

原作改変ポイント

映画としての造りの下手さを指摘してきましたが、次は原作改変ポイントについて。
一番気になるのはやはり剣崎でしょう。コメディタッチのキャラクターに変えられていました。とはいえ性格を変えるという判断自体は正しかったと思います。
名探偵としての業を背負ったキャラクターという面を原作では押し出していましたが、明智さんと比べると、いまいち華のないキャラクターに見えていたのが正直な感想。というのも、名探偵の業を背負ったキャラクターはいまどき珍しくありませんし、(大傑作『名探偵に薔薇を』の女探偵・瀬川みゆきと比べると流石にパッとしない)、存在感がないんですよね。美人で頭がいい、というありきたりなキャラクター性しかなくて、現段階ではまだ掘り下げ不足感が否めません。
だから映画版で、もっと魅力的に見せようという試みは悪くないと思うんですよ。
ただし作り手たちの取ったアプローチは最低最悪なものでした。上で指摘した通り、安易な萌え表現を並べ立て、変な言動をさせることでキャラクターを立てようとしていたのです。
はっきり言います。


全然立ってねーよ! 頭のおかしい人にしか見えなかったわ!


人が死にまくっている状況でずっとふざけているので、感情移入など出来ようはずもありません。名探偵の業を背負ったという設定は原作から貰ってるくせに、そのことに対して剣崎が真剣じゃないので、安っぽくて軽いキャラクターにしか見えませんでした。物語、演出、画面づくり、キャラクター、すべてが安っぽくて軽いわけです。そんな作品を真面目に論じている自分がアホに思えてきましたよ。

結構評判のいいミステリ部分について。
省略してわかりやすくしたのは正しい判断でしょう。ただ、改変したことによって、呑み込みづらいところが増えているのが残念。
犯人の女の子が、屍人荘に潜入するために携帯電話を落とすくだり。荷物の近くに落とした、という話でしたが、回想だと茂みのところ右往左往していて、解決編の映像として分かりづらい。原作だと最初からサークル内に潜入していたわけですが、なぜ謎の改変をしたのでしょう。改変したせいで、犯人の動きに色々と釈然としないところが生まれています。ライブに来なかったらどうするつもりだったのか、携帯電話を拾ってくれなかったらどうするつもりだったのか、なぜわざわざ犯人が限定されるイベント中に近づこうとしたのか、などなど。これらは原作通りにしておけば、問題にならなかった点です。犯人を犯人っぽく見せないようにしたかったのかもしれませんが、話の流れ的に、むしろ「こいつ犯人だろ」感が高まっているのが何とも言えません。

ゾンビが獲物目掛けて落ちていく、という特性を見せる伏線も張られていませんし、全体的にミステリとして緩いです。あと殺人事件が起きている感が薄くないですか? これはゾンビが迫ってきていて、そっちの方が大変だから仕方ない部分ではあるんでしょうが、もうちょっと工夫してほしかったです。事件の比重が軽いせいか、解決パートで、「いやいやゾンビ来てるから、呑気に話してる場合じゃないから」と思いました。まぁゾンビに襲われるシーンも軽いので、全部どうでもいいんですけど。

明智さんがゾンビになって現れるタイミングも原作と違いますね。ここは本当に突っ込みどころのオンパレードで笑うに笑えませんでした
屍人荘の前で、ワクチン摂取みたいなことしていたけど大量にいたゾンビたちはどこへ消えたんでしょう? 全員始末したの? だったら死体が転がってそうだけど、そういう描写はありませんでしたよね。本当に謎。
あと自衛隊みたいなのがあっさり主人公たちを置いて帰って行ったけど、んなわけあるかよ、と思いました。あの場に残して帰るわけないでしょ。周りにゾンビ残っているかもしれないのに。検査や事情を聞くためにひとまず隔離が妥当でしょう。最初から最後まで雑に作ってるんだな、と呆れ果てましたよ。
そして案の定、ゾンビ化した明智さん登場。警備がザルです。「ワトソンくんは渡さない」と剣崎が脳味噌を破壊したところでエンドロールが流れましたが、あまりにもアッサリとしていたので、エンドロール後に何かあるだろうな、と思っていたんですけど、何もなくて「ないのかよ!」と劇場で声を上げてしまいました。なんなんでしょうね、あのなんとも言えない空気感。余韻ゼロですよ。
改変したことによって原作のよさを殺しているので、映画化したのは大失敗だったと結論づけざるを得ません。


まとめ


正直、ここまでグチグチ言うような作品でもなかったと思います。シネチルや映画ファンはスルーするでしょうし、十代の若い子たちをメインターゲットにしたような作品ですからね。
しかし自分は「あー、あの映画つまんなかったね。原作もつまらないんだろうね」と思われるのが嫌なので、「あいや待たれい、原作ファンである自分もこの映画観て死ぬほどつまらなかったぞ」ということを伝えるため、今回の記事を書きました。結果、これまでの記事で最長になってしまいました。久しぶりに邦画の暗黒面を見れて、「まだこういう映画が作られているのか」と厳しい邦画界の現実を知れただけで良しとしたいと思います。ちなみに余談ですが、このあと邦画の「ミスミソウ」を観て、あまりのレベルと志の違いにめちゃくちゃ感動させられました。映像綺麗、役者の演技自然、エグいところも誤魔化さずに見せ、「原作ありの邦画だって面白い作品はたくさんあるんだ、これからも応援していこう」という気持ちにさせられました。ちなみにミスミソウの主演の女優さんは、屍人荘の殺人で重要な役どころを演じています。やはり監督の演技プランによって、役者のポテンシャルは格段に変わっていくんだなぁと再認識しました。まぁミスミソウはミスミソウで突っ込みどころなんかは結構あったんですが、屍人荘と比べたら大したことありません。比べること自体が失礼というものでしょう。
結論。原作『屍人荘の殺人』と実写版『ミスミソウ』がオススメで

 

 

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