思考するガム

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『容疑者Xの献身』東野圭吾/紹介と感想 天才数学者の人生を賭けたトリック

容疑者Xの献身 (文春文庫)

史上初めて本格ミステリで直木賞を受賞した記念碑的傑作です。ネタバレはありません。

 

 

 

作品紹介

天才数学者でありながら不遇な日日を送っていた高校教師の石神は、一人娘と暮らす隣人の靖子に秘かな想いを寄せていた。彼女たちが前夫を殺害したことを知った彼は、二人を救うため完全犯罪を企てる。だが皮肉にも、石神のかつての親友である物理学者の湯川学が、その謎に挑むことになる。ガリレオシリーズ初の長篇。(「BOOK」データベースより)

 

 

第134回直木賞受賞作

第6回本格ミステリ大賞受賞

2005年度の国内の主要ミステリランキング「本格ミステリ・ベスト10」「このミステリーがすごい! 」「週刊文春ミステリベスト10」すべてにおいて1位獲得

エドガー賞(MWA主催)候補作

 

不遇な天才・数学教師の石神

まず今作は何を置いても彼の物語であることは強調しておくべきでしょう。物語は数学教師石神の冴えない日常から始まります。灰色の光景が描かれていきますが、そこに色どりをあたえるのが本作のヒロイン・靖子です。彼女だけは彼にとって特別な存在であることが示されるのです。

靖子が人殺しの罪を犯し、石神がそのことを知ることで、二人は共犯関係を結びました。石神は天才数学者としての頭脳を活かし、完全犯罪を成立させようとするのです。ただ、狂おしい愛情に身を任せて。

しかし。

石神の前に現れたのは、いくつもの難事件を解決に導いてきた大学時代の同期・天才物理学者の湯川学でした。

 

2人の天才の頭脳戦

事件を通して再び邂逅した2人の天才は、己のすべてをかけて事件に向き合います

1人は犯罪者として、1人は探偵として。

友人関係が成立しているので、ただスリリングなだけではなく、やりきれなさや切なさを漂わせます。

 

倒叙ミステリには、トリックだけが伏せられて進行するタイプのものがあります。今作はそれにあたるでしょう。読者は2人の天才のスリリングなやり取りを見ながら、天才数学者石神の仕掛けたトリックを推理していくことになるのです。

その仕掛けはシンプルにして強烈。

伏線の張り方が丁寧なので、気づいた方もいるかもしれません。

「まさかそんなことを…」という心理的な抵抗感が邪魔をして、なかなか受け入れがたいのですが、作中で丁寧に描かれた石神の人間性を思い返すと、認めざるを得ない、という気持ちにさせられます。

 

これはよくできた本格で、泣ける純愛小説なのか?

『容疑者Xの献身』を巡り、ちょっとした騒動が起きました。名前は伏せますが、某作家が本格ミステリ大賞を獲ったことに疑問を呈したのです。さらに、「この作品を≪泣ける純愛小説≫として評価するのはどうなのか」という疑問の声まで出ました。

 

個人的に、まずこの作品を「本格」という狭いジャンルの物差しで測るのはそもそもどうなのか、と思いました。この作品は「本格」である前に、石神という男の狂った愛情を描いた小説なのです。

その意味において、この物語は間違いなく成功しているでしょう。

「本格」の要素を上手く取り入れ、それが物語の面白さに貢献している。ただ「本格」のフォーマットに沿っているだけで、毒にも薬にもならない、驚きの少ない作品がたくさんあります。僕はそれらよりも『容疑者Xの献身』を評価します。

今作は普段「本格」を読まない層にも、「本格」の面白さや凄さ、「本格」の持つ魅力を、見事に伝えきっていると思うのです。

ですから僕は、この作品はやはり「本格ミステリ大賞」受賞に相応しい傑作だと思います。

 

泣ける純愛小説というふうに言っていいのか、という異議について。

人はフィクションの世界でなら、殺し屋やヤクザに感情移入して泣かされてしまうことがあります。倫理観の基準は関係ありません。そこはフィクションの持つ強さであり、怖さだとは思います。ただ、「これは泣くべきものだ」「これは泣いてはいけないものだ」という線引きを、他人に言われたところで「だって泣けるのだから仕方ない」としか言えないでしょう。生理現象ですからね。

優れた創作物は、倫理観を超越するのです。

『羊たちの沈黙』のハンニバルレクターや『ダークナイト』のJOKERに悪の美学を感じ、殺し屋の『レオン』に感情移入する。

創作物とはそういうものなのです。泣けると感じた人が泣けると主張するのは自由でしょう。そこを縛ることはできません。

僕の場合、石神の余人では想像も及ばない、狂気的な愛に圧倒され、泣かされてしまいました。石神の行為を美しいものと感じて泣いたわけではありません。美しいもの、と感じて泣いた人の感性も否定はしません。

 

と、長々持論を書いたわけですが、「この騒動何年前に終わった話やねん」という笑

 

まとめ

何はともあれ、ミステリ好きなら必読の作品でしょう。

「有名過ぎて手が出ない…」

わかります。でも、読んで絶対に損はありません。超オススメです。

 

 

容疑者Xの献身 (文春文庫)

容疑者Xの献身 (文春文庫)